春を待つ谷間で

春を待つ谷間で

「人に聴かせるためには弾かないんです。決して。それを理解してくれる人はほとんどいない。…」
「わたしには理解できるわ」
「そうでしょうね」

『春を待つ谷間で』/S・J・ローザン/直良和美・訳/創元推理文庫

リディア・チン&ビル・スミスシリーズ第六弾。今回はビルの語りで、舞台はいつものマンハッタンから離れたニューヨーク州北部。
好きなシリーズがあると、好きな人に会えていいなと思う。ストーリーは痛ましいというか、やるせないのだけれど、なじんだ人物に会えて温かい気持ちになる。
今回、初めて登場した人物も好みでした。特に、静かな湖の底に宝石を沈めたような瞳のイヴは、黒曜石のような瞳のリディアとの違いが際立って印象的だった。おいしいパイを焼く穏やかなアリス、無邪気で奔放なジニーもそれぞれ彩りを添える。
リディアとビルのもどかしい関係も、いつもながら読みどころ。
原題が「STONE QUARRY(石切り場)」で邦題が「春を待つ谷間で」というのは上手いなと思った。奥深い谷間にも春は来る。春を待つ人がいなくなっても。
自分用メモ:作中のクラシック音楽モーツァルト変ロ長調ソナタ内田光子)、モーツァルト変ロ短調アダージョモーツァルトハ短調ソナタショパンノクターンマズルカシューベルトハ短調ソナタ、バッハ三声のインベンション(ジェフリー・カーン)、ベートーヴェン(アーチデューク・トリオ)、ハイドン弦楽四重奏、ほか