「冬そして夜」

「冬そして夜」

どういう意味だかよくわからなかったが、おれは“いいよ”と答えた。
おれは言ったんだ。
“いいよ”って

「冬そして夜」/S.J. ローザン/直良 和美・訳/創元推理文庫
しなければならない大事なことがある、と言い残して夜のニューヨークに消えた家出少年。少年の行方を追うビルの前に、23年前の事件が立ちふさがる。
リディア&ビルシリーズの第8作。今回はビルが語り手のターン。
このところ世間に「絆」が氾濫していて気持ち悪いけれど(「ふれあい」ほどではないけど)、リディアとビルの関係は「絆」と呼んでもいい気がする。その関係を築くことは簡単ではないけれど。
今作では、ビルの過去が少し明らかにされる。ずっと避けてきた身内の人間に対面せざるをえなくなったビルは、時に衝動的な行動にでてしまう。リディアはビルに説教をしたりはしないけれど、ビルの自棄的行動を体を張って止めようとする。
リディアとビルがもうすこし図々しく相手の領域に入り込む人間だったら、二人の仲は「進展」していただろうと思う。それがいいことかどうかは分からないけど。でも二人は互いに信頼し、深く思いやりながらも相手の心に土足で踏み込もうとはしない。
今回の話は、現在なにが進行しているのか分からないまま、過去の悲惨な出来事があぶりだされてくる。ビルの義弟スコットをはじめ、ワレンズタウンの大人たちは過去の亡霊に囚われている。ビルの甥ゲイリーは今回の事件によって、少年から男になってしまうだろう。ハムリンの言うような「真の男」としてではなく。
苦い結末のなかで、リディアやステイシーの希望を失わない心が、かすかに春の気配を感じさせる。解説に、コロンバイン高校銃乱射事件の話があり、事件の背景をまったく知らなかったことにちょっとショックを受けました。